Created on September 04, 2023 by vansw
95
14
ようやく熱が引いて外を歩けるようになり、久方ぶりに図書館の入り口の扉を押し開けたとき、 建物の中の空気は前よりもったりと淀んでいるように感じられた。 湿気のある曇った夕方だ。 奥 の部屋に人の気配はなく、ストーブの火も消えていた。 明かりもついておらず、靄った淡い夕闇 が、目に見えない隙間から部屋の中に音もなく忍び込んでいた。
「誰もいないのですか?」と私は声を上げた。 反応はない。 静寂がいっそう深まっただけだ。 声 は硬く乾いて残響を欠き、自分の声には聞こえなかった。 ストーブの上に置かれた薬罐に手を触 れてみた。 冷え切っている。 長いあいだストーブの火は落とされていたらしい。 あたりを見回し、 もう一度もっと大きな声で「誰もいないのですか?」と叫んでみた。 やはり反応はない。 部屋に 変化は見当たらない。 見たところ何もかも最後に来たときと同じだ。 しかしそこにあるすべての 事物が前よりもどこか寒々しく、荒涼とした色合いを帯びているようだった。
ベンチに腰を下ろし、 君がやって来るのを待つことにする。あるいはほかの誰かが姿を見せる のを。しかししばらく待っても、誰も現れなかった。 誰かが現れそうな気配もみえなかった。 私 はマッチを見つけ、貸し出しカウンターの上にあった小さなランプに火を点した。 それで部屋が
とも
1
95 第