Created on September 04, 2023 by vansw
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「ほんとうに?」
「もちろん」
十七歳で、恋をしていて、 それは五月の真新しい日曜日で、当然ながらぼくは迷いというもの を持たない。
きみはスカートの膝の上に置いた白い小さなハンカチーフを手に取り、もう一度目もとを拭う。 新しい涙が頬を伝っているのが見える。微かに涙の匂いがする。 涙の匂いってちゃんとあるんだ、 とぼくは思う。それは心を打つ匂いだった。優しく魅惑的で、 そしてもちろん仄かに哀しい。 「ねえ」ときみは言う。
ほの
ぼくは黙って続きを待つ。
ささぐ
「あなたのものになりたい」ときみは囁くように言う。「何もかもぜんぶ、あなたのものになり たいと思う」
息が詰まって何も言えない。ぼくの胸の奥で誰かがドアをノックしている。 急ぎの用件がある らしく、強固な拳で何度も何度も。その音が空っぽの部屋に硬く大きく響き渡る。心臓が喉元ま でせり上がってくる。 ぼくは空気を大きく吸い込んで、それをなんとか元の位置に押し戻そうと する。
「隅から隅まであなたのものになりたい」ときみは続ける。 「あなたとひとつになりたい。ほん 「とうよ」 PARA
ぼくはきみの肩をより強く抱き寄せる。誰かがまたブランコに乗っている。その金具が軋む音 が、一定の間合いを置いて耳に届く。 それは現実の音というよりは、ものごとの別のあり方を伝
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