Created on September 04, 2023 by vansw

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「あなたのそういうところがわたしは好きなんだと思う」


「頭の中がぐしゃぐしゃにもつれないところが?」


「そうじゃなく、分析とか忠告とか、そんなことなしに黙ってわたしを支えてくれるところが」 ぼくが余計なことを言わないのはただ、きみのそんな「心のこわばった」状態をどう解釈すれ ばいいのか、それについてどんな忠告をし、 どんな意見を言えばいいのか見当もつかないからだ。 しかしもしそれでいいのなら、何も言わずにただきみの肩を抱いているのは、ぼくにとって不都 合なことでも、 居心地の悪いことでもない。むしろその方がずっとありがたいかもしれない。し かしそれはそれとして、最小限の実際的な質問は必要とされるだろう。


「それで・・・・・・その今日の波のようなものは、いつ頃やってきたの?」


「今朝、目覚めたとき」ときみは答える。「東の空がだんだん明るくなってきたころ。それで、 今日はもうあなたには会えないと思った。ていうか、身体そのものが動かなかった。 手の指を動 かすことさえできなかった。 服のボタンもとめられない。そんな状態ではあなたと顔を合わせら れない」


ぼくは黙ってきみの話に耳を傾けている。


「それからずっと布団をかぶって横になっていたの。どこかに跡形もなく消えてしまいたいと願 いながら。 でも約束の時間がやってきたとき、思ったの。 あなたに公園で待ちぼうけさせておく わけにはいかないと。 それで力を振り絞って立ち上がり、ブラウスのボタンをなんとかはめて、 走ってここまでたどり着いたの。もうあなたはいなくなっているかもしれないと思いながら...... 髪をとかす時間さえなかった。 ねえ、わたしずいぶんひどい顔をしているでしょう?」