Created on September 04, 2023 by vansw
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きみは微かに肯く。
「今のところたぶん」ときみは言う。「まだ揺り戻しみたいなのはあるかもしれないけど」
ぼくらは五分か十分、無言のうちに「揺り戻し」を待つ。 家のいちばん太い柱につかまって、 今にも来るかもしれない余震に備える人のように。きみの肩はぼくの手の中でゆっくりと上下し
ている。でもそれはもう戻ってこないみたいだ。おそらく。
「これから何をしよう?」とぼくは少しあとになってきみに尋ねる。
今日はまだ始まったばかりだ。 空は青く晴れ上がっている。これからどこだって好きなところ に行けるし、なんだって好きなことができる。 決まった予定は何ひとつない。いくつかのささや かな現実的制約があるにせよ(たとえばぼくらはお金を十分には持ち合わせていない)、それで もぼくらは基本的に自由の身だ。
「しばらくこのままにしていていい? 少し気持ちが落ち着くまで」ときみは言う。 最後の涙の 痕跡を拭き取り、ハンカチーフを小さく折り畳んでスカートの膝の上に置く。
「いいよ」とぼくは言う。「しばらくこうしていよう」
やがてきみの身体から力みが抜けていく。 浜辺で潮がだんだん引いていくみたいに。 衣服 (白 いブラウスだ)の上から、ぼくはきみの身体のそんな変化を感じ取る。 ぼくはそのことを嬉しく 思う。自分が僅かでも役に立てたような気がする。
「ときどきそんな風になるの?」とぼくは尋ねる。
「そうしょっちゅうではないけど、ときどき」
「そうなると、いつもああしてあちこち歩き回るの?」
PLAN
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