Created on September 04, 2023 by vansw

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地形によっては大きく内部に迂回し、あちこちで道を塞いだ藪をかき分けていかなくてはならな かった。そのために分厚い手袋をはめた。


壁沿いの土地は長い歳月にわたって見捨てられ、放置されてきたらしかった。今では壁の周辺 には人はまったく居住していないようだ。ところどころで人家らしきものを目にしたが、どれも 廃屋に近い状態にあった。 多くの屋根は風雨にさらされて陥没し、窓ガラスは割れ、壁は崩落し ていた。石の土台だけが僅かに痕跡を残している家屋も見受けられた。 原形をほぼそのまま留め ている建物もたまに見かけたが、それらは生命力に富んだ緑色のツタに外壁を絡め取られていた。 しかし荒れ果てた住居も、中身が空っぽなわけではない。近寄って中を覗いてみると、古びた家 具や什器があとに残されていることがわかった。 ひっくりかえったテーブルや、錆びた什器や、 割れた手桶のようなものが目についた。 すべては厚く埃をかぶり、湿気を吸い込み、半ば朽ちて いた。


今より遥かに数多くの人がかつてこの街に住んでいたようだ。当たり前の生活がそこでは営ま れていたのだろう。しかしある時点で何かが起こり、住人の多くはこの街を捨てて立ち去った。 慌ただしく、おおかたの家財道具を後に残して。


いったい何が起こったのだろう?


戦争か、疫病か、それとも大規模な政治的変革があったのだろうか? 人々は自らの意志でよ その土地に移住していったのか? あるいは強制的な追放みたいなことがおこなわれたのだろう か?


いずれにせよあるとき 「何か」が起こり、住民の多くが取るものも取りあえずよそに移ってい


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