Created on September 02, 2023 by vansw

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図書館で過ごす以外の空いた時間を、街の地図をつくることに費やした。曇った午後の時間を 利用し、半ば気晴らしに始めたこの作業に、私はやがて没頭することになった。


作業の手始めは、街のおおよその輪郭を把握することだった。言い換えれば、街を取り囲む壁 の形状を理解すること。 「きみ」が以前ノートに鉛筆で描いてくれた簡単な地図によれば、それ は人の腎臓を横向けにしたような形をしていた(へこんだ部分が下になっている)。しかし本当 にそうなのだろうか? 実際にそのことを確かめてみたいと思った。


それは思ったより困難な作業だった。 まわりには誰ひとり、その正確な形を―いや、おおま かな形さえ 把握している者がいなかったからだ。君も、門衛も、近所に住む老人たちも(私 は彼らの何人かと知り合い、ときおり短い会話を交わすようになっていた)、街がどのような形 をしているか、確かな知識を持たなかったし、とくにそんなことを知りたいとも思っていないよ うだった。また彼らが「だいたいこんなものだろう」と描いてくれる街の形状は、それぞれに大 きく異なっていた。あるものは正三角形に近く、あるものは楕円形に近く、あるものは大きな獲 物を呑んだ蛇のような格好をしていた。




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