Created on September 02, 2023 by vansw
74
さはずいぶん違う。 きみの手の小さなことにぼくはいつもあらためて驚いてしまう。そんな小さ な手でよくいろんなことができるものだと感心する。たとえば瓶の蓋を捻って開けるとか、夏み かんの皮を剥くだとか。
やがてきみは泣き始める。 声を上げず、身震いするように肩を細かく震わせて。 きみは泣き出 さないために、今までずっと休みなく足早に歩き続けていたのだろう。 ぼくはきみの肩にそっと 手をまわす。 きみの涙がぼくのジーンズの上にほとんと音を立ててこぼれ落ちる。 ときどき喉を 詰まらせ、短い鳴咽のような声が洩れる。 でも意味ある言葉は発せられない。
ぼくもやはり沈黙を守っている。ただそこにいて、彼女の悲しみ―おそらく悲しみなのだろ う をそのまま受け止めている。そういうのって生まれて初めての経験かもしれない。自分以 外の誰かの悲しみをそっくり受け止めるなんて。誰かから心をまるごと委ねられるなんて。 自分がもっと強ければいいのにと思う。 もっと強い力できみを抱き、もっと力強い言葉をきみ にかけてあげられればいいのに そのひとことで場の呪縛がさっととけてしまうような、正し く的確な言葉を。 でも今のぼくにはまだそれだけの準備ができていない。ぼくはそのことを悲し く思う。
ひね
2