Created on September 02, 2023 by vansw

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はならないものごとがぎっしり詰まっているみたいだ。 なのに今日顔を合わせてから、きみはま だひとことも口にしていない。


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そのうちにぼくには少しずつわかってくる――きみがどこか特定の場所に向けて歩いているの ではないことが。きみはただ、ひとつの場所に留まっていたくなくて歩き続けているだけだ。移 動そのものを目的とした移動なのだ。 きみの歩調に合わせてぼくはその隣を歩く。ぼくもやはり 沈黙を守っている。 でもぼくの沈黙は、正しい言葉を見つけられない人の沈黙だ。


こんなとき、どう振る舞えばいいのだろう? きみはぼくが生まれて初めて持ったガールフレ ンドだ。 恋人と呼べそうな親密な関係になった最初の相手だ。 だからきみと一緒にいて、そんな 「普通とは違う状況」に直面して、そこで自分がどのように行動すればいいのか、適切な判断を 下すことができない。 この世界は、ぼくがまだ経験したことのないものごとで満ちている。 とく に女性の心理に関するぼくの知識なんて、書き込みのない真っ白なノートのようなものだ。だか らぼくはそんな普段とは異なるきみを前にして、途方に暮れてしまう。でもとりあえず落ち着い ていなくてはならない。ぼくは男だし、きみよりひとつ年上なのだ。 そんなもの、実際には大し た差ではないかもしれない。何の意味も持たないことかもしれない。でも時には――とくに他に 頼るべきものが見つからない時にはそんなつまらない形ばかりの立場だって、何かの役に立 つかもしれない。


とにかく慌ててはいけない。たとえ見かけだけでも沈着さを保たなくては。 だからぼくは言葉 を呑み込み、べつに何ごともないように、それがごく普通の出来事であるかのように、きみの隣 を同じ歩調で歩き続ける。


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