Created on August 29, 2023 by vansw

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「どんなこと?」


「壁の外の世界で、ずいぶん前に君に会ったことがある」


君は歩みを止め、緑色のマフラーを首のまわりにしっかりと巻き直す。 そして私の顔を見る。


「私に?」


「もう一人の君に――つまり壁の外にいる君に」


「それは私の影のことかしら?」


「おそらくそうだと思う」


「私の影はずっと昔に死んだ」と君は言う。 今夜の雪は積もらない、と宣言するときと同じよう にきっぱりと。


君の影はずっと昔に死んだ、と私はその言葉を心の内で繰り返す。 洞窟の奥のこだまみたいに。 私は尋ねる。 「影たちは死ぬとどうなるんだろう?」


君は首を振る。 「わからない。 私は図書館の職を与えられ、定められた仕事をしているだけ。 扉の鍵を開け、寒い季節にはストーブに火を入れ、薬草を摘んで薬草茶を作る......そうやってあ なたの仕事を助ける」



別れ際に君は言う。 「あなたはもう図書館に来ないかもしれないのね。 でも、どうやってこの 街から出て行くの? だって門から出て行くことはできないでしょう? 街に入るときに、そう いう契約を交わしたのだから」



私は沈黙する。それを今ここで口にすることはできない。誰かが聞き耳を立てているかもしれ


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