Created on August 29, 2023 by vansw
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始める。
古い夢それは私の影が推測するように、こそげ落とされ、密閉保存された人々の心の残滓 なのだろうか? 私にはその仮説の当否は判断できない。私の見る限り、そこにあるのは瓶詰め された「混沌の小宇宙」 でしかない。 我々の心はこれほどまで不明瞭で一貫性を欠いたものなの か? あるいは古い夢がこのように細切れな混乱したメッセージしか発せられないのは、それが まとまりを持つひとつの心ではなく、「残り滓」の寄せ集めに過ぎないからなのか?
私の夢に出てきた軍曹は、乾いた声で私に言った。「時には意識を殺すことが、なにより楽な ことに思えるのです」
「この街を出て行くことになるかもしれない」と私は君に打ち明ける。 君に黙ってここを出て行 くわけにはいかない たとえ街が今この会話に耳を澄ませているとしてもだ。
「いつ?」と君は尋ねる。とくに驚いた風もなく。
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我々は川沿いの道を並んで歩いている。私は君を 君の家まで送っている――いつもの夜と同 じように。 雪はもう降り止んでいる。 雲が一ヶ所だけぽっかりと割れて、その隙間から星をいく つか目にすることができる。 星たちは氷の粒のような、 白く冷たい光を世界に投げかけている。 「近いうち、私の影が息を引き取ってしまわないうちに」
「そう決めたの?」
「おそらくそうなるだろう」と私は言う。 しかし私の中にはまだ迷いがある。 「でもそうなる前 に、ひとつ君に話しておきたいことがあるんだ」
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