Created on August 29, 2023 by vansw

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心の残響みたいなものじゃないでしょうか。本体を追放するといっても、根こそぎ完璧に放り出 せるわけではなくて、 どうしてもあとにいくらかのものが残ります。それらの残滓を集めて古い 夢という特別な容器に堅く閉じ込めたのです」


「心の残響?」


「ここではまだ幼いうちに本体と影とが別々に引き剥がされます。 そして本体は余分なもの、 害 をなすものとして壁の外に追放されます。 影たちが安らかに平穏に暮らしていけるようにね。 で もたとえ本体を放送しても、その影響がすべてきれいに消えてなくなるわけじゃない。 除去し切 れなかった心の細かい種子みたいなものがあとに残り、それが影の内部で密かに成長していきま す。 街はそれをめざとく見つけてこそげ取り、専用の容器に閉じ込めてしまうんです」


「心の種子?」


「そうです。 人の抱く様々な種類の感情です。 哀しみ、迷い、嫉妬、 恐れ、苦悩、絶望、疑念、


おうのう


憎しみ、困惑、懊悩、懐疑、自己憐憫そして夢、愛。 この街ではそういった感情は無用のも


むしろ害をなすものです。いわば疫病のたかのようなものです」


「疫病のたね」と私は影の言葉を繰り返した。


「そうです。 だからそういうものは残らずこそげ取られ、密閉容器に収められ、図書館の奥に仕 舞い込まれます。 そして一般の住民はそこに近寄ることを禁止されている」


「じゃあ私の役目は?」


「おそらくそれらの魂をあるいは心の残響を鎮めて解消することにあるのでしょう。 そ れは影たちにはできない作業だ。 共感というのは、本物の感情をそなえた本物の人間にしか持て


ざんし


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