Created on August 29, 2023 by vansw

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「おれが思うに、ここにいる連中は自分たちが実は影だってことを知らないからです。 自分たち は本体であって、引き剥がされた影は壁の外に追いやられたと思っています。 でも実際には逆な んじゃないか。壁の外に追いやられたのは本体の方で、ここに残っている連中こそが影なんじゃ ないか――それがおれの推測です」


私はそれについて考えてみた。 「そして壁の外に追放された本体たちは、自分たちは影だと思 い込まされている。そういうことなのか?」


「そのとおりです。 そういう偽りの記憶をそれぞれにすり込まれたんです」


私は両手を擦り合わせながら、その論理の筋を辿ろうと努めた。 でも途中でわけがわからなく なった。


「しかしそれはあくまで君の立てた仮説に過ぎない」


「そうです」 と影は認めた。「すべてはおれの立てた仮説に過ぎません。 証明はできません。で も考えれば考えるほど、その方が筋の通ったものに思えてきます。いろんな角度から、おれなり にじっくり細かく検証してみました。 なにしろ考える時間だけはふんだんにありますから」


「君のその仮説に従えば、私が図書館で読んでいる古い夢は、どのような役目を果たしているの だろう?」


「それもあくまで仮説の延長に過ぎませんが」


「仮説の延長でかまわない。 聞かせてほしい」


影は間を置いて呼吸を整え、それから口を開いた。


「古い夢とは、この街をこの街として成立させるために壁の外に追放された本体が残していった、


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