Created on August 29, 2023 by vansw
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その午後、獣を焼く灰色の煙が壁の外に立ち上るのを見届けてから、急ぎ足で門衛小屋に向か った。風はなく、煙は一本の線となって立ち上り、分厚い雲の中に吸い込まれていった。 門衛は 予想したとおり今回も不在だった。 門の外に出て獣の死体を焼いているのだ。私は前と同じよう に、無人の門衛小屋の裏口を抜けて 「影の囲い場」を横切り、寝床に横になっている自分の影と 再会した。影は相変わらず痩せこけて顔色が悪く、ときおりつらそうに空咳をした。
「どうです、心は決まりましたか?」、 影はしゃがれた声で、待ちかねていたように尋ねた。
「悪いけれど、簡単には決心がつかない」
「何かが心にひっかかっているんですか?」
私は答えに窮して顔を背け、窓の外に目をやった。 どのように彼に説明すればいいのだろう? 私の影はため息をついた。「何があったのかは知りませんが、たぶん街はあんたを引き留めに かかっているのだと思います。 いろんな策を用いて」
「でも私は街にとってそれほど大事な存在なのだろうか? わざわざ策を用いて引き留めなくて はならないほど」
145 第一部