Created on October 16, 2023 by vansw
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まるで春の野原の若い兎のように、と私は思った。
「ええ、そのとおりです」と少年は私の心を読んで言った。「春の野原の若い兎と同じように、 それはゆっくりとした意識の手では捉えがたいのです」
「ここから逃れたぼくの影は外の世界で、ぼくの代役を問題なく務めているきみはそう言っ 「たね」
いろう
「ええ、そのとおりです。 彼はあなたの代わりを遺漏なく果たしています」
「だとしたら、ぼくらは既にそれぞれの役目を入れ替えてしまったのかもしれない。つまり今で は彼がぼくの本体として活発に機能していて、ぼくがまるで彼の影のような、いわば従属的な存 在になっている。 そんな風にも思えてしまうんだ。 どうだろう、本体と影とはそのように入れ替 わり可能なものなのだろうか?」
少年はそれについてしばらく考えていた。そして言った。
「さあ、そこのところはぼくにもなんとも言えません。 それはなんといっても、あなた自身の問 題ですから。 でもぼく自身についていえば、それはどちらでもいいことのように思えるのです。 自分が自分の本体であれ、あるいは影であれ。 どちらであったとしても、今こうしてここにある ぼくが、ぼくの捉えているぼくが、すなわちぽくなのです。 それ以上のことはわかりません。 あ なたもまた同じように考えるべきかもしれない」
「どちらが本体であるか、影であるか、そんなことはたいした問題じゃないと?」
「ええ、そうです。 影と本体はおそらく、ときとして入れ替わります。役目を交換したりもしま す。しかし本体であろうが、影であろうが、どちらにしてもあなたはあなたです。 それに間違い
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