Created on October 16, 2023 by vansw
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冬が去り、春がやってきた。 時はとどまっていても、季節は巡る。私たちの目にするものすべ てが、現在の映し出す仮初めの幻影に過ぎないとしても、どれだけページを繰ってもページ番号 が変わらないとしても、 それでも日々は移りゆくのだ。
地表のあちこちに堅くこわばっていた雪は次々に解け去り、川は雪解け水を集めて水かさを増 した。葉を落とした木々は次々に緑の新芽を吹き、獣たちの毛は旧一日と元の輝きを取り戻して いった。ほどなく彼らは繁殖期を迎え、たちはその鋭い角でお互いを激しく傷つけ合うことだ ろう。少なからぬ血が流され、大地を黒く潤し、その血が多くの鮮やかな花を咲かせるのだ。
鎧のように重いコートからようやく解放され、 かわりにウールの上衣を着て図書館に通うよう になった。 誰かが長年着込んだらしいくたびれた上着だったが、サイズは不思議なほどぴったり 私自身のものだった。
部
第
春が巡ってきてくれたことを私は感謝した。 長く続いた冬がやっと終わりを告げたのだ。 それ は異様なばかりに長い冬だった。もちろん時間を持たないこの街に暮らしていて、何が長くて何 が短いかというのは測りがたいところだが、少なくとも私の個人的な感覚として、それはずいぶ
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