Created on October 16, 2023 by vansw
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気を許して私の手のひらに身を委ね、彼ら自身の物語を語り始めた。長い歳月―――それはいった いどれくらい長い時間なのだろう殻の中に閉じ込められてきた物語を。
しかし不思議なことに、なぜかその日、私は古い夢たちの語る物語を、その声をじかに耳にす ることができなかった。私はただ、彼らが自らを語るときに起こす特徴的な微妙な震えを、手の ひらに感知するだけだった。 彼らは確かに語っている。 しかし声は聞こえてこない。
彼らの夢を読んでいるのはおそらくあの少年なのだ、と私は推測した。 私が夢たちを目覚めさ せ、彼らに自らを語らせている。 しかしその声を実際に聴き取っているのは、イエロー・サブマ リンの少年なのだ。つまり私たちは夢読み〉の作業を分業していることになる。 いや、そうじ ゃないな。私と少年とは既に一体化し、ひとつの存在となったわけだから、それを「分業」と呼 ぶのは正しくないかもしれない。私はただ自分の身体のいくつかの部分を、それぞれに適した方 法で使用し分けているというだけなのだろう。
正直に言って、私はもともと古い夢たちが語る物語をじゅうぶん理解できていたわけではなか った。彼らの声は小さく早口で、多くの場合聴き取りにくく、話の順序も整理されておらず、口 にされる言葉の大半は私の理解できないものだった。だから私はおおむね彼らの言葉をただその まま聞き流していた。 〈夢読み〉としての私の職務は、彼らの心を開き、自由に自らを語らせる ことであり、その内容を正確に読み取ることではないと考えるようになっていた。彼らの語る話 が理解できなくても、それでとくに支障が生じるわけではなかったし、また残念に思うわけでも なかった。だからもし少年が彼らの語ることを理解できるのであれば、それはむしろ歓迎すべき ことだった。少年はおそらく彼らの語る物語を細部まで正確に聴き取り、それを自分の中に着々
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