Created on October 16, 2023 by vansw
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の耳たぶを同じように調べた。もう一度右側の耳たぶも。それがとても大事な意味を持つことで あるかのように。 そして小さく首を傾げた。
「不思議ね。昨日の腫れはすっかり引いてしまっている。 色も普通どおりに戻っている。 まるで 何ごともなかったみたいに。 あれほど大きく腫れて、色も変わっていたのに。 痛みはどう? ま だ疼いている?」
痛みも疼きもないと私は答えた。
「一晩眠って、腫れも痛みもすっかり消えてしまったということ?」
ゆうべ
「君が昨夜つけてくれた新しい軟膏が効いたのかもしれない」
「そうかもしれない」と彼女は言ったが、それほど納得しているようには聞こえなかった。 しかしイエロー・サブマリンの少年が昨夜、私の部屋を訪れたことを、彼女に教えるわけには いかない。 そして彼が私の左の耳たぶを噛んで、それによって私たちが一体化したことも。 少年 はこの街に立ち入ることを許可されてはいない。 今ではあるいは、私と一体化したことによって、 その「不法滞在」の状態は解消できたかもしれない。しかし彼はこの街にとっては依然として 「異物」であり、もしその存在が発見されれば、頑健な門衛の手によって厳しく排除されること になるだろう。そしてそうなれば、彼と一体となった私も、同時に排除されるかもしれない―― いや、間違いなく排除されるはずだ。 だから昨夜起こったことを、誰かに打ち明けるわけにはい かないのだ。
私はこの少女に対して、秘密をひとつ抱え込んでしまったことになる。 それも大きな意味を持 つ秘密を。それまでは、彼女に隠さなくてはならないことなど何ひとつなかったというのに......。
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