Created on October 16, 2023 by vansw

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のか? しかし自分が本来の自分であるかどうかなんて、いったい誰に判断できるだろう? す ぐに混じり合おうとする主体と客体とをどうやって峻別すればいいのだろう? 考えれば考える ほど、自分というものがわからなくなった。


夕刻が近づくと私は服を着替え、住まいを出て図書館に向けて歩いた。 薄暗くなった川沿いの 道を広場まで歩いた。そこで歩みを止め、針のない時計台を見上げ、存在しない時刻を確認した。 橋の向こう側には誰の姿も見えなかった。 単角獣もいない。 風に小さく揺れる川柳のほかには動 くものはなかった。私は目を閉じ、自分自身に問いかけた。自分の内側にいるはずのイエロー・ サブマリンの少年に向けて。


「きみはそこにいるのか?」


しかし返事はない。ただ深い沈黙があるだけだ。 もう一度私は問いかけた。


「そこにいるのなら、何かを言ってくれないか。 声を出すだけでもかまわない」


やはり返事はない。 私は諦めて、再び川沿いの道を図書館に向かって歩き出した。


おそらく私たちは完全に一体化してしまったのだろう。 あるいは「ひとつに還元されてしまっ た」のだろう。つまり私は、私自身に向かって呼びかけているだけなのだ。だとすれば返事がか えってくるわけはない。 もし返ってくるものがあるとすれば、それはただのだ。


こだま


図書館の少女は私の顔を見ると近寄ってきて、何も言わずまず耳たぶを点検した。 腫れていた 右側の耳たぶを仔細に観察した。指でそっとつまむようにして撫でた。それから念のために左側


625 第三部