Created on August 29, 2023 by vansw
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それが、きみから受け取った最後の手紙になった。
ぼくはもちろんその手紙を何度も繰り返し読み返す。隅々までそっくり暗記してしまうくらい 何度も。そして今まさに沈没しかけている船の ぼくはいつもタイタニック号みたいな巨大な
客船を思い浮かべたのだが――通信室で、電信装置のキーをばたばたと必死で叩いているきみの 姿を想像する。 きみはそこから最後の通信文をぼくに送っているのだ。いつなんどき冷たい海水 がドアを押し破って、 どっと流れ込んでくるかわからないそのときに。
何らかの奇跡が起こって、海水が流れ込んでこなかったことをぼくは祈る。 船体がうまく復原 力を取り戻し、ぎりぎりのところで最悪の事態を免れたことを。間一髪危機を脱した船員たちや 乗客たちが、デッキの上でみんなで抱き合い、感涙し、自分たちの幸運を神様だかなんだかに感 謝している温かい光景をぼくは想像する。
でもたぶんそううまくはいかなかったのだろう。奇跡も起こらず、幸運も訪れず、歓喜の抱擁 もなかったのだろう。 きみからの連絡はそれを最後に途絶えてしまったから。
ぼくは何通も手紙を書いてきみのもとに送り続けるが、返事はない。 宛先不明で手紙が戻って
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