Created on October 15, 2023 by vansw

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りはしない――とりわけ路上では。 目をあわせたりすることもない。それはここでは大事な礼儀 のようなものだ。 この街で生活を送っているうちに、私にもそういう意識が自然に染みついてい た。 街路は歩くべきものなのだ。 それもできるだけ足早に簡潔に。


だからその少年が橋の向こう側に立ち止まり、どこにも行かず、ただまっすぐ私を見つめてい るというのは、普通ではないことだった。まず起こり得ない出来事だ。それも一度だけではなく、 二日続けてだ。 彼はそこでずっと私が通りかかるのを待ち受けていたのだろうか? でも何のた めに?思い当たることは何ひとつなかった。 私の心は不思議なほど揺さぶられた。


しかしそれでも私は立ち止まることもなく、そのまま川沿いの道を図書館に向けて歩き続けた。


図書館でのその夜の〈夢読み〉 作業を終え、いつものように少女を彼女の住まいの前まで送っ た(私たちは肩を並べて川沿いの敷石の道を歩いた。 靴音のリズムを合わせるようにして、ほと んど言葉を交わすこともなく)。 しかし自分の住居に戻ってからも、そのイエロー・サブマリン の少年の姿は脳裏を去らなかった。 彼は記憶の残像の中で、こちらをいつまでも見つめていた。 ベッドに入って眠りに就いても、彼は夢の中に現れた。 夢の中でも彼はやはり川を隔てた石橋の 向こう側に立ち、私を見つめていた。でもそれ以上のことは何も起こらない。彼はそこに立って、 私を見つめているだけだ。身じろぎひとつせず。


夜のあいだ、 右の耳たぶは心臓の脈に合わせるようにしくしくと疼き続けた。その不思議な少 年の姿を川向こうに見かけたのと、耳たぶが痛みを覚えるようになったこととが、ほぼ時を同じ くしていたせいで、そのふたつの出来事の間に何か関連性があるのではと考えないわけにはいか


609 第三部