Created on October 15, 2023 by vansw

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する暗い色合いの大きな食肉鳥たちの目を逃れるかのように、足早に街路を歩いていく。 わ ざわざ立ち止まって、誰かの顔をまじまじと見つめたりはしない。


この壁に囲まれた街にやって来る以前、つまりあちら側の世界にいたとき、私はそのアニメー ション映画を観たことがあった。 『イエロー・サブマリン』。だからその絵柄はお馴染みのものだ った。音楽も覚えている。 しかし映画の内容は皆目思い出せない。我々はみんな黄色い潜水艦の 中で暮らしている・・・・・・そこには意味があり、同時に意味がない。


少年はどこかで―――どこだかはわからないけれど――たまたまそのパーカを古着として手に入 れたのだろう。でもそこに描かれた絵柄が何を意味するのか、おそらくわかっていないはずだ。 この高い壁に囲まれた街では、誰もビートルズの音楽を聴くことはできないから。 いや、ビート ルズに限らず、どのような音楽も。 そしてまた 「潜水艦」がどういう成り立ちのものかだって知 らないはずだ。


私はそんなことを考えるともなく考えながら、 夕暮れの道を歩いていった。 そして時計台の前 を通り過ぎた。 通り過ぎるときに、習慣的に時計を見上げた。 時計はいつものように針を持たな かった。それは時間を告げるための時計ではない。 時間が意味を持たないことを示すための時計 なのだ。 時間は止まってはいないが、意味を失っている。


この街にはそれ以外に時計は存在しない。 朝が来れば日が昇り、夕方になれば日が沈む。それ 以上の時間の細かい分割を、いったい誰が必要とするだろう? ある一日と、次の一日との間の 違いをもしそこに違いがあるとすればだが誰が知りたがるだろう?


私もまたそのような、時間を測る必要を持たない住民の一人だ。 夕暮れが近くなると服を着替


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