Created on October 15, 2023 by vansw

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えない。 彼が立っているのは川を隔てた橋の向こう側だったし、風が止んで川面にはまた霧が立 ち込めていた。そして私の眼は、街に入るときに受けた傷からまだ十分には回復していない。た だ私はそんな気配を じっと見られているという気配を肌に感じ取っただけだ。あるいは その少年は私に何かを伝えたがっているのかもしれない。 私は橋を渡って向こう岸に行って、彼 に話しかけるべきなのかもしれない。何か私に話したいことがあるのか、と。


しかし私は図書館に向かう途中だったし、これという明白な理由もなしに、いつもの決まった 道筋を変更したくはなかった。だからそのまま川のこちら側の道を、上流に向けて歩き続けた。


川の中州にあちこち白い塊となって残っていた雪は、春の接近とともに解け始めていた。雪解 けのせいで、川の水量はいつもより増していた。 単角獣たちは本能的に春の到来が近いことを感 じ取り、夢見るような目であたりを見回しながら、 植物の緑の芽吹きを辛抱強く待ち続けた。 長 く続いた厳しい冬の間に、彼らは多くの生命を失っていた。その大半は老いたものたちと、十分 な体力をそなえていない幼い子供たちだ。 なんとか生き延びることができたものたちも、慢性的 な飢えのせいで痩せこけ、毛は秋に見せた艶やかな黄金の輝きを失っていた。


私はコートのポケットに手を突っ込んで、川沿いの道を歩き続けた。 いつものように乱れない 規則的な歩調をとって。しかし私の心は珍しく落ち着かなかった。イエロー・サブマリンのパー カを着ていた少年の姿がなぜか頭から離れなかったからだ。


いくつかの疑問が私の頭に浮かんだ。 このくすんだ色合いの街にあって、どうしてその少年ひ とりだけが、かくも鮮やかな目立つ服装をしているのだろう? そしてなぜ彼は私をじっと見つ めていたのだろう? この街の人々は誰しも顔を伏せ、不穏な何かの――たとえば頭上高く旋回


601 第三部