Created on October 15, 2023 by vansw
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ーカーが砂の上に並んで置かれている。 そっと身を休める小動物たちのように。私たちの足は、 踝から下が細かい白い砂にまみれている。夏の夕暮れがそろそろ近づいていることを、空の色が 教えてくれる。
私は手を伸ばして、隣にいるきみの手に触れる。 そしてその手を握る。 きみも私の手を握り返 す。私たちはひとつに繋がっている。私の若い心臓が胸の奥で乾いた音を立てる。 私の想いが鮮 やかな鋭角を持つ楔となり、木槌で揺るぎなく正しい隙間に打ち込まれていく。
くさび
そしてそのとき、 あることに気がつく。 いつの間にか私の影がなくなっているのだ。西に傾き かけた夏の太陽の光は、すべての事物の影を長く鮮やかに地表に延ばしていたが、どれだけ見回 してもそこに私の影はなかった。いったいいつから私の影法師は失われていたのだろう? それ はどこにいってしまったのだろう?
でも不思議に私は、そのことをとりたてて不安にも思わなかったし、またそれで怯えたり困惑 したりもしなかった。私の影は自らの意思でその姿をここから消したのだろう。 あるいは何かの 事情があって一時的にどこかに移動したのだろう。 でも必ずまた私のもとに戻ってくるはずだ。 私たちはひとつなのだから。
川面を風が静かに吹き抜けていく。彼女の細い指は、私の指に何かをこっそり語りかける。 何 か大事な、言葉にはできないことを。
第
そんな時刻には、きみにもぼくにも名前はない。 十七歳と十六歳の夏の夕暮れ、川べりの草の
部
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