Created on October 15, 2023 by vansw
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上流に進むにつれて、まわりの風景も目に見えて変化していった。 平地から山あいに近いとこ ろまで上って来たようだった。橋の数が少なくなり、周囲の緑もずっと色濃くなっていた。もう 人影も見えない。 川の傾斜もこれまでよりきつくなっていた。ところどころに流砂止めの小さな
があって、それを越えていかなくてはならなかった。
そして更に上流へと進み、おそらくは二十歳のポイントを越えて(思えば私の二十歳前後の 日々は決して幸福なものではなかった) 十代に足を踏み入れていった。 進むにつれて身体はより 細身になり、顎の線が鋭角的になった。 腰回りが絞られて引き締まり、ベルトをきつく締め直さ なくてはならなかった。 顔に手をやると、それはもう自分の顔のようには感じられなかった。誰 か別の人間の顔のようだ。 あるいは実際のところ、私はかつては別の人間だったのかもしれない。 しかしこのように時間を逆行することによって変化を遂げているのは、どうやら私の肉体だけ であるらしかった。私の持っている意識や記憶は、間違いなく現在の私のものだった。 私は四十 代半ばの心と記憶の蓄積を保持したまま、その一方で身体だけが十代の青年に、あるいは少年に 戻っていきつつあるのだ。
行く手に砂州が見えた。美しい砂州だ。白い砂でできていて、夏草がたっぷり茂っている。そ してそこに彼女がいた。彼女は十六歳のままだった。そして私はもう一度十七歳に戻っていた。
きみは黄色いビニールのショルダーバッグに、低いヒールの赤いサンダルを無造作に突っ込み、 砂州から砂州へとぼくの少し前を歩き続けていた。濡れたふくらはぎに濡れた草の葉が張り付き、
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