Created on October 15, 2023 by vansw
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って遡っていけばいくほど、自分がだんだん若返っていくらしい――それくらいだ。
それは言うまでもなく奇抜な仮説だった。しかしそう考える以外に、今私の身に起こっている 事態の説明はつかなかった。 私はあたりの風景を見回し、雲のない真っ青な空を見上げ、足元の 澄んだ水の流れに目をやった。 何ひとつ異様なもの、異質なものはそこには見当たらない。どこ にでもある、当たり前の真夏の午後の風景だ。 しかしごく当たり前に見えて、これは何か特殊な 意味を持つ川なのかもしれない。私はそういう川に知らず知らず足を踏み入れてしまったのかも しれない。
上流に向かって更に歩いていくことにした。 そうすることによって私がより若返っていけば、 仮説が正しかったことが証明されるはずだ。
でもそれからどうなるのだろう? 適当なところで回れ右をして後戻りすれば、つまり川を下 っていけば、もう一度本来の年齢に戻るのだろうか? それともこれは後戻りすることの許され ない流れなのだろうか? そこまではわからない。でもとにかく今のところ、上流に進んでみる しかない。 好奇心が私の足を前に進めた。
川にかかるいくつかの橋の下をくぐり、 流れの浅いところを辿って歩き続けた。そのあいだ誰 ともすれ違わなかった。途中で目にしたのは何匹かの小ぶりな鮭たちと、石の上にじっとたたず んでいる一羽の白鷺だけだ。 その鳥は一本足で立ったまま身動きひとつせず、怠りなく川面を監 視していた。
橋の上を歩いて渡っている人たちは何人か見かけたが、その数は多くなかったし、誰も歩みを 止めて私のことを見おろしたりはしなかった。人々は日傘を差したり、帽子を目深にかぶったり
かえる