Created on October 13, 2023 by vansw
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子易さんのことを懐かしく思い出さないわけにはいかなかった。 もし子易さんがここにいてく れれば、私は多くのことを彼に語り、相談することができたはずだ。 彼はそれに対しておそらく 有益な助言を与えてくれただろう。 肉体を失った魂にいかにもふさわしい、 多義的で神秘的な助 言を。そして私はその助言を与えられた骨をしゃぶる痩せた犬のように、長く大切に味わい続 けていたに違いない。
考えてみれば、私は死者としての子易さんしか知らない。しかし既に命をなくした人でありな がら、子易さんは豊かな生命力に富んでいたし、私は彼の存在を、 その人柄を生き生きと思い返 すことができた。 子易さんは今どうしているのだろう? まだどこかに――それがどこだか私に は想像もつかないが存在しているのだろうか、それともまったくの無に帰してしまったのだ ろうか?
フェルミーナ・ダーサは、あんなに悲しそうな顔をしているのに、どうして乗せてやらない のか不思議に思っていると、船長が、あれは溺死した女の亡霊で、通りかかった船を向こう岸 の危険な渦のところに誘い込もうとしているのだと説明した。
ガルシア=マルケス、生者と死者との分け隔てを必要とはしなかったコロンビアの小説家。 何が現実であり、何が現実ではないのか? いや、そもそも現実と非現実を隔てる壁のような ものは、この世界に実際に存在しているのだろうか?
壁は存在しているかもしれない、と私は思う。いや、間違いなく存在しているはずだ。 でもそ
587 第二部