Created on October 13, 2023 by vansw

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「でもこんな狭いところで、一階と二階を行き来するだけの生活を送っていると、知らず知らず そういう気持ちになってくるのよ。 追跡妄想っていうか、自分が誰かに、何かに執拗に追われて いて、差し迫った危険から身を潜めているみたいな」


彼女は小型の冷蔵庫から冷えた缶ビールを二本取り出し、グラスに注いだ。 私たちはソファに 並んで座ってビールを飲んだ。とくに座り心地が良いソファとは言えないが、もっとひどいソフ ァに座ったことも何度かある。


「音楽でもあるといいんだけど、ここにはそういうものはないから」と彼女は言った。


「かまわない。静かでいい」と私は言った。


私が彼女を抱いて口づけするのは自然な流れだった。彼女はそれにとくに抵抗はしなかったし、 むしろ身体を自然にこちらにもたせかけてきた。でも彼女はそれ以上の踏み込んだ行為は求めて いなかったし、そのことは私にもわかっていた。ただ彼女の身体を抱いて、 唇を重ねただけだ。 しかし考えてみれば、誰かと口づけをするのはずいぶん久しぶりのことだった。 彼女の唇は柔ら かく温かく、少し湿っていた。 人の身体が確かな温かみを持ち、その温かみを相手に伝えること ができることを実感したのも久しぶりだった。


私たちは長い時間ソファの上で、そのままの姿勢で抱き合っていた。おそらくそれぞれの思い に耽りながら。私の手のひらが彼女の背中を撫で、彼女の手のひらが私の背中を撫でた。


しかしそうしているうちに、私は気づかないわけにはいかなかった。 彼女のほっそりとした身 体全体が、不自然なほど緊密に何かに締めつけられているらしいことに。とりわけ彼女の胸のふ


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