Created on October 13, 2023 by vansw
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た。たしかに狭くて天井は低かったが、よく手入れされた清潔な屋根裏部屋といった雰囲気があ った。ベッドを兼ねたソファがあり(今はソファになっている)、コンパクトな電気調理設備が あり、窓際に簡単な作業ができるテーブルと椅子があり、テーブルの上にはノート型のパソコン が置かれていた。箪笥とクローゼット。 小さな本棚に並んだ本。テレビもラジオも見当たらない。 洗面所は大きめの電話ボックスくらいのサイズしかなかったが、いちおうシャワーも使えるよう になっていた(身体の動かし方にはかなり工夫が必要になるだろうが)。
たんす
「家具のほとんどはもともとここにあったものなの。前の人が使っていたもの。寝具だけはさす がに新しく買い換えたけど。だから着の身着のままここに転がり込んで、そのまま暮らし始める ことができたし、それは私としてはありがたいことだった。 洗濯や調理は一階の店舗部分で済ま せられるし、お風呂にゆっくり入りたければ、近くに共同温泉はあるし。 生活のクォリティーに 関してはもちろん何かと不満があるけれど、状況を考えれば贅沢は言えない」
「なんといっても職住近接だし」
「そうね。 便利なことはとても便利よ。ちょっとした買い物はインターネットの通販で片付くし、 店の仕入れはほとんど配達してもらうし、 日常生活に必要なものは商店街の近所のお店で間に合 うし、だから外に出る必要もあまりないの。 ただずっとこういうところで生活していると、つい 映画の「アンネの日記』を思い出してしまうの。 アムステルダムで彼女が暮らしていた隠し部屋。 天井が低くて、窓が小さくて・・・・・・」
「君は誰かに追いかけられているわけじゃないし、 人目を忍んで生きているわけでもない。 自分 で前向きに選択した人生を生きているだけだ」
579 第二部