Created on October 13, 2023 by vansw
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「つまり彼の住む世界にあっては、リアルとアルは基本的に隣り合って等価に存在していた し、ガルシア=マルケスはただそれを率直に記録しただけだ、と」
「ええ、おそらくそういうことじゃないかしら。 そして彼の小説のそんなところが私は好きな の」
彼女は仕事中後ろで束ねていた髪をほどいており、それはまっすぐ肩の下まで落ちていた。 髪 を手で上げると、耳に小さな銀のピアスがついていることがわかった。 仕事中には外されている ものだ。 耳たぶはたしかに小さく硬そうだ。
ガルシア=マルケスの小説についての話は、私に子易さんのことを思い出させた。 彼女なら子 易さんと会っても、彼が既に死んでしまった人であることを、そのまますんなり受け入れてくれ たかもしれない。 マジック・リアリズムやらポストモダニズムみたいなものとは関係なく。 「本を読むのが好きなんだね?」と私は尋ねた。
「ええ、小さな頃から本はよく読んでいた。 今は仕事が忙しくてたくさんは読めないけど、でも 暇があれば少しずつでも読むようにしている。 ここに来てからは、読んだ本について話ができる 相手がいなくて、 淋しく思ってたの」
「ぼくならたぶん話し相手になれるんじゃないかな」
彼女は微笑んだ。 「なにしろ図書館長さんですものね」
[日課の一本の煙草と、一杯のシングルモルトは?」と私は尋ねた。
「煙草はもう吸い終えた。 ウィスキーはまだよ。 あなたが来るのを待っていたから」
「これからうちに来て食事をする? 簡単なものならすぐに作れるけど」
577 第二部