Created on October 13, 2023 by vansw

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フェルミーナ・ダーサとフロレンティーノ・アリーサは昼食の時間までブリッジにいた。 昼 食になる少し前にカラマールの集落を通過した。 ほんの数年前まで毎日のようにお祭り騒ぎを していたあの港も今では通りに人影がなく、すっかりさびれていた。 白い服を着た女が一人、 ハンカチを振って合図をしているのが見えた。 フェルミーナ・ダーサは、あんなに悲しそうな 顔をしているのに、どうして乗せてやらないのか不思議に思っていると、船長が、 あれは溺死 した女の亡霊で、通りかかった船を向こう岸の危険な渦のところに誘い込もうとしているのだ と説明した。船が女のすぐ近くを通ったので、 フェルミーナ・ダーサは陽射しを浴びているそ の女の姿を細部にいたるまではっきり見ることができた。 この世のものでないことは疑いよう がなく、その顔には見覚えがあるような気がした。


「彼の語る物語の中では、現実と非現実とが、生きているものと死んだものとが、ひとつに入り 「混じっている」と彼女は言った。 「まるで日常的な当たり前の出来事みたいに」


「そういうのをマジック・リアリズムと多くの人は呼んでいる」と私は言った。


「そうね。でも思うんだけど、そういう物語のあり方は批評的な基準では、 マジック・リアリズ ムみたいになるかもしれないけど、ガルシア=マルケスさん自身にとってはごく普通のリアリズ ムだったんじゃないかしら。 彼の住んでいた世界では、現実と非現実はごく日常的に混在してい たし、そのような情景を見えるがままに書いていただけじゃないのかな」 私は彼女の隣のスツールに腰を下ろし、言った。


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