Created on October 13, 2023 by vansw
574
夕方前に添田さんと顔を合わせたとき、 彼女はイエロー・サブマリンの少年の二人の兄が、明 日揃って東京に帰る予定であることを教えてくれた。
「M**くんの行方の手がかりがつかめず、 二人ともずいぶんがっかりしていました。 でも仕事 とか学業があるし、いつまでもこちらにいるわけにはいかないということでした」
「気の毒だけど、まあしかたないだろうね」と私は言った。 「警察の捜索の方は何か進展があっ たのかな?」
添田さんは首を振った。「ここの警察は無能だとまでは言いませんが、これまでのところとく に何かの役に立っているとも言えません。 人の出入りの少ない小さな町で、起こる事件といって もせいぜい夫婦喧嘩か交通事故くらいです。 人手も不足していますし、何をするにも要領がよく ないんです」
「ふと思ったんだけど」と私は言った。 「もしあの子が家出をしてどこか遠くに行くとしたら、 たとえどこに行くにせよ、あのイエロー・サブマリンのヨットパーカを着ていくと思うんだ。 言 うなれば、彼の第二の皮膚みたいなものになっていたものね。 あの服をあとに置いていくような ことはないんじゃないかな」
「ええ、私もそう思います。 どこか遠くに行くとしたら、きっとあのパーカを身につけていくで しょうね。 あれを着ていると、あの子は気持ちが落ち着くみたいですから」
「でもあのパーカはあとに残されていた」
「ええ、母親はそう言ってました。 イエロー・サブマリンのパーカは残されていたと。私もその
574