Created on October 13, 2023 by vansw
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その日の午後遅く私はコーヒーショップに電話をかけ、彼女を食事に誘った。
「耳はもう大丈夫?」と彼女は尋ねた。
「おかげさまで、耳は問題ないみたいだ」
「悪い虫にもう噛まれないようにね」と彼女は言った。
「もしよかったら、今日あとで会えないかな?」
「いいわよ。どうせ用事はないから。 閉店したあと、適当な時間に店に来てくれる?」
私は電話を切って、冷蔵庫の中身をリストアップし、どんな料理が作れるか頭の中で組み立て てみた。手の込んだものは作れそうにないが、即席の夕食は用意できそうだ。アサリのソースも こしらえてあるし、 シャプリも冷えている。
頭の中で料理の細かい手順をひとつひとつ考えていくうちに、私の心はいくらか落ち着きを見 せたようだった。 何はともあれ、そういう実際的なものごとに頭を働かせているあいだは、 それ 以外の問題の存在をひとまず忘れることができる。 ジェリー・マリガン・カルテットの演奏する 曲のタイトルを思い出しているときと同じように。
573 第二部