Created on October 13, 2023 by vansw

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うごめ


わんでいる。 そしてよく見ると、部屋全体がまるで臓器の内壁のように、ぬめぬめと蠢いていた。 窓枠が伸び縮みし、 ガラスはふらふら波打っている。


最初、私は大きな地震が起こっているのかと思った。 しかしそれは地震なんかではない。 それ は私の内側からもたらされた震えなのだ。私の心の揺れが外の世界にそのまま反映されているだ けなのだ。私はデスクに両肘をつき、手で顔をしっかり覆って目を閉じた。そして時間をかけ、 頭の中でゆっくり数をかぞえ、錯覚が まるのを辛抱強く待った。


しばらくして二分か三分、 そんなものだ両手を顔からどかせて目を開けると、そんな 感覚は既にどこかに去っていた。部屋は元のままの、ぴたりと静止した部屋だった。 揺れもなく、 動きもない。 縮尺もちゃんと合っている。


それでも注意深く観察すると、以前とは僅かに部屋の形状が違っているように思えた。いろん な部分の寸法が、少しずつ変更されたという印象があった。いったん別のところに移された家具 が、もう一度同じ位置に並べ直されたような、そんな具合だ。 注意深く元通りの形状に戻されて はいるのだが、細部が微妙に変わっている。 たいした変更ではない。普通の人はおそらくその違 いに気づかないだろう。でも私にはわかる。


しかしそれは私の気のせいかもしれない。 私は感じやすくなりすぎているのかもしれない。 昨 夜見た生々しい夢のようなもの)のせいで、神経が正常な状態ではなくなってしまっているの かもしれない。 夢の内側と、 夢の外側との境界線がきっと不明確になっているのだ。


私は右の耳たぶに指をそっとあててみた。 耳たぶは柔らかく温かく、もう痛みは残っていなか った。痛みが残っているのは私の意識の中だけだ。 そしてその痛みが、その鮮やかな残存記憶が、


571 第二部