Created on October 13, 2023 by vansw
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が含まれているのだろうか? それとも彼が私の耳を噛んだことには、ある種の(彼なりの独自 の)親近感が込められているのだろうか? 私にはその判断がつかなかった。
しかしそれでも私は、厳しい痛みを耳たぶに感じながらも、心の底で少なからず安堵を覚えて いた。私はその人里離れた森の奥で、ほとんど崩れかけた古い山小屋の中で、ようやくそれを見 つけることができたのだ。 イエロー・サブマリンの少年があとに残していった「肉体」を。 ある いはその抜け殻を。 それはイエロー・サブマリンの少年の失踪 (または神隠し)とい 謎めい た出来事を解釈するための、重要な手がかりになるはずだ。
しかしその出来事を、彼の兄たちにそのまま報告することはできそうにない。 そんな話は彼ら を当惑させ、混乱させるだけだろうから。 そしてなんといってもそれは(おそらく) 夢の中の出 来事に過ぎなかったから。とはいえ彼らには、それをひとつの情報として耳に入れる権利はある はずだ。私は医学生の弟から渡された携帯電話番号のメモを何度か取り出して眺めた。 そしてど うしようかと迷った。 でも結局電話はかけなかった。
その日の昼休みに駅前まで歩いて、コーヒーショップに入った。店はいつもより混んでいた。 私はいつものカウンター席に座ってブラック・コーヒーとマフィンを注文した。 彼女はいつもの ように髪を後ろできっちりと束ね、カウンターの中できびきびと立ち働いていた。
耳たぶの痛みはかなり引いてはいたけれど、それでもまだ私は夢の名残りをそこに感じ取るこ
とができた。それは私の心臓の鼓動に調子を合わせるように、小さく、しかし確実に疼き続けて いた。
567 第二部