Created on October 13, 2023 by vansw
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を抜け、どす黒い獣たちの目を逃れて。私はそこに立ちすくんだまま、息を潜めてまっすぐその 木製の人形を見ていた。
そう、それはM**の抜け殻なのだ。そのことが私にはわかった。M**はこの山間の森の奥 で肉体を棄て、その棄てられた肉体は、古びて色褪せた木製の人形となったのだ。そして肉体と いう不自由な牢獄から抜け出した彼の魂は、高い壁に囲まれた街へと移行していったのだ。それ が私の確認したかった事実だった。
しかしあとに遺されたこの木製の人形を、少年の抜け殻を、私はいったいどう扱えばいいのだ ろう? 町に持ち帰って兄たちに見せるべきなのか、あるいはこのままここに放置しておくべき なのか。それともどこかに穴を掘って埋めてやるべきなのか? 私にはその判断がつかなかった。 このままにしておくのが、いちばん正しいのかもしれない。ひょっとしたら、少年があとで何か の役に立てるかもしれないから。
そのとき私はふと気づいた。その人形の口元が僅かに動いていることに。 あたりは暗かったし、 最初は目の錯覚だろうと思った。私は実際には起こっていないことを目にしているのだろうと。 しかし錯覚ではなかった。 目をこらすと、その人形の口は小さく微かに、しかし間違いなく動い ていた。何かを語ろうとしているかのように。どうやら口の部分だけは上下に動くようにつくら れているらしい。 腹話術師の操る人形と同じように。
その人形が何を語ろうとしているのか聞き取るべく、意識を集中し耳を澄ませたが、私に聞き 取れるのは壊れた古いふいごの立てるような、かさかさという風音だけだった。しかしその風音 は少しずつ言葉の形をとり始めているように思えた。
のこ