Created on October 13, 2023 by vansw

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かったのだが、やはり開けないわけにはいかない。はるばるここまで何かを探し求めてやって来 たのだから。閉じられた扉を開けずに引き返すことはできない。できるだけ音を立てないように そろそろと扉の前まで歩き、前に立って何度か深呼吸をした。 気持ちを整え、意を決して錆びた 金属の把手をつかみ、ゆっくり手前に引いた。


ドアはぎりぎりという乾いた軋みを立てて開いた。 中は思ったとおり物入れのようになってい た。いろんな用具を入れておくために作られたスペースなのだろう。細長く、奥行きが深く、奥 の方は光が届かず暗い。 長いあいだ開けられたことがなかったらしく、厳えて淀んだ匂いがした。 そして中に置かれていたのは一体の人形だけだった。 暗さのせいで、それが木彫りの人形である ことがわかるまでに少し時間がかかった。 かなりの大きさのある人形だ。背の高さは一メートル 以上あるだろう。その人形は手脚が曲がるようになっているらしく、 疲れた人が床に腰を下ろし、 何かにぐったりもたれるような格好で、奥の壁に立てかけられていた。私の目が暗さに慣れてく ると、その人形がヨットパーカらしきものを着ていることがわかった。 そしてその緑色のパーカ にはイエロー・サブマリンの絵が描かれていた。


私は身を乗り出すようにして、その人形の顔を見た。 塗料はかなり色褪せてはいたが、それは まさしくM**の顔だった。 木材に絵の具で描かれた顔だ。M**の顔ではあるけれど、ほとん 戯画化されている。 まるで腹話術の人形のおどけた顔みたいに。その顔には、いったんは笑い かけたが思い直してやめたときのような、どことなく中途半端な表情が浮かんでいた。


そしてそのとき、私には理解できた。それが私の探し求めていたものであることを。 疑いの余 地はない。私はまさにその人形を求めてここまでやって来たのだ。 急な斜面をよじ登り、深い森


563 第二部