Created on October 13, 2023 by vansw
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そっと引いてみた。 扉は軋んだ音を立てて開いた。小屋の中は薄暗く、 埃っぽい匂いがした。 人 の気配はない。
そこが目指していた場所であることが、一目見て本能的に理解できた。私はこの小屋に来るた めに、深い森を抜けてここまでやって来たのだ。 苦労して藪を抜け、 鳥たちの痛切な警告を受け つつ、 氷の張った小川を渡って。
小屋の中に静かに足を踏み入れ、あたりを見渡した。 窓ガラスは埃だらけで、ほとんど外が見 えないほどだったが、 一枚も割れてはおらず (建物の古びかたからして、 それは奇跡的なことに 思える)、そこから外の光が僅かに差し込んでいた。 一部屋しかない簡素な山小屋だ。 その場所 を誰がどんな目的のために使用していたのか、見当もつかない。 私は部屋の真ん中に立ち、 あた りの様子を注意深くうかがいながら、目をその薄暗さに馴らしていった。
小屋の内部は文字通りのがらんどうだった。 家具も道具も何ひとつ置かれていない。装飾らし きものもまったく見当たらない。 いつかの時点で人々はこの場所を引き払い、建物はそのまま見 捨てられたのだ。私が歩くと、そのたびに木の床がたわんで、派手な音を立てた。 まるで森の中 の生き物たちに重要な警告を与えるみたいに。
その小屋の内部には漠然と見覚えがあった。 以前そこを訪れたことがあるような......しかしそ れがいつどこで起こったことなのか、思い出せなかった。 強い既視感が、私の身体全体にもやも やとした痺れをもたらした。身体を巡る血液に何か目に見えない異物が紛れ込んだかのように。 奥の壁にはひとつだけ小さな木製のドアがあった。 物置かクローゼットのように見える。 私は その扉を開けてみることにした。 中に何があるかわからないので、できることなら開けたくはな
しび