Created on October 12, 2023 by vansw
557
です。だからこそその壁はあなたの意思とは無縁に、自由にその姿かたちを変化させることがで きるのです。人の意識は氷山と同じで、水面に顔を出しているのはごく一部に過ぎません。 大部 分は目には見えない暗いところに沈んで隠されています」
私は尋ねた。「あなたは医学を学んでいると言われましたが、 どんなことを専門とされている のですか?」
「いちおう外科医になるつもりで、その勉強をしています。 できれば脳外科を専門にしたいと思 っています。しかしそれと同時に精神医学にも興味を持っていまして、それに関連する講座もい くつかとっています。 脳外科とは重なり合う分野もありますから」 を疲ら
「なるほど」と私は言った。 「あなたがそういう方面を目指そうと思われたのは、弟のM**く んのことも影響しているのでしょうか?」
「ええ、そうですね。 ある程度関係していると思います。 それがすべてというわけではありませ んが」
弁護士の兄が言った。 「言うまでもないことですが、私たちは弟がその架空の街に実際に足を 踏み入れたとか、そんな風に考えているのではありません。そういうのはサイエンス・フィクシ ョンの世界の話です。現実に起こるわけはない。 ですからそのことであなたを責めているわけで も、責任を追及しているわけでもありません。 しかし率直に申し上げまして、あなたがM* *に お話しになったその架空の街が、 彼の今回の失踪の何らかのきっかけになっているような気がし てならないのです」
部
「きっかけと言いますと、たとえばどのようなきっかけなのでしょう?」
557 第二