Created on October 12, 2023 by vansw
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「特殊な書物とはいったいどんなものなのですか?」と弁護士の兄が尋ねた。 当然出てくる疑問
だ。 「なぜそれを読むことが、街にとって重要な意味を持っているのですか?」
私はため息をついた。そしてどうしてかはわからないのだが、図書館の庭をゆっくりと歩いて 横切っていく痩せた雌猫の姿をふと思い浮かべた。 それからその猫と五匹の子猫たちの様子を、 飽きることなくいつまでも眺めていたイエロー・サブマリンの少年の姿を思い浮かべた。それは 遥か昔に起こった出来事のように感じられたが。
私は言った。「それがどういうものなのか、それを読むことがどんな意味を持っているのか、 私自身にもうまく説明できません。 謎の書物としか言えないのです」
弟が尋ねた。「でもそのようなシチュエーションは、すべてあなたの想像の中でつくられたの ですね?」
「ええ、そのとおりです」と私は言った。 「そうだと思います。 しかしそこにある多くの事柄は 私にも、論理立てて説明することができないのです。 それらはずっと以前、十代の私の中で、い わば自然に、勝手に姿かたちをとって浮かび上がってきたものですから」
正確に言えば、その街は十七歳の私と十六歳の少女が、 二人で力を合わせて起ち上げたものだ。 私一人でこしらえたものではない。しかしそんな話をここで持ち出すわけにはいかない。
兄弟はそれぞれに、私の語ったことについてしばらく考え込んでいた。
やがて弟が口を開いた。「ひとつ個人的な仮説を申し上げていいでしょうか?」
「もちろん、どうぞ。 どんなことでも」
「僕は思うのですが、街を囲む壁とはおそらく、あなたという人間を作り上げている意識のこと