Created on October 12, 2023 by vansw

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ん。M**くんがどれほど強く望んだところで、そこに行けるわけはない」


医学生の弟が言った。「でもM* *は実際に姿を消してしまいました。 ひどく寒い冬の夜にパ ジャマ姿で、ほとんど一銭も持たずに。 その姿の消し方があまりにも非現実的なので、非現実的 な仮定もいろいろ頭に浮かんでしまうのです。 あくまで可能性として」


「警察はどう言っているのですか?」と私は尋ねた。 とりあえず話を逸らすために。


弁護士の兄が言った。「M**はたぶんみんなが寝静まっている夜のあいだに服を着込んで、 いくらかの現金を手に家を出て、何らかの手段を見つけて、たとえばヒッチハイクをするとかし て、町を出て行ったのだろうと、警察は考えています。 十代の男の子のよくある家出だろうと。 服もなくなっていないし、現金も持っているはずはないと母は断言していますが、警察は母の言 うことはあまり信用していないようです。 母は現在、なんといいますか、ショックのためにいさ さかヒステリー状態にありますので」


「手持ちの現金が尽きたら連絡をしてくるか、あるいはそのうちに、何ごともなかったかのよう にふらりと家に帰ってくるでしょうと、警察の人は言っています」と弟は言った。


「まあ、それが世間の一般的な考え方なのでしょうが」と兄は言ってため息をついた。


「でも僕にはそうは思えません」と弟が言った。「母は細部に厳密な人間です。 取り乱しやすい 性格ではありますが、 服の数とか、 現金の有無とか、 その手の実際的なことにかけては人並み外 れて正確です。 たとえ多少頭が混乱していても、そういう事柄はまず間違えません」


弁護士の兄が言った。 「家の内側から鍵がすっかり閉まっていたことについても、きっとどこ かが開いていたんだろうと、警察は考えているようです。 いわゆる合理的な解釈でいくと、そう


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