Created on October 12, 2023 by vansw
553
「もしよろしければ、その架空の街の話を我々にもしていただけませんか」と兄が言った。
医学生の弟が隣から言い添えた。「失踪前のM**がどんなことに強く興味を惹かれていたの か、いちおう頭に入れておきたいのです」
私は高い壁に囲まれた街の概要を手短に二人に語った。彼らは真剣に弟の行方を探し求めてい る。 断るわけにはいかない。
そこにある風景を、その街のおおよその成り立ちを、あくまで空想上のものとして私は二人に 語った(もちろん何から何まですべてを語ったわけではない。 図書館の世話係の少女については 簡単に触れただけだし、影と引き離され、眼を傷つけられた話も、不気味な溜まりの話も省いた。 二人に不吉な印象を与えたくなかったから)。兄弟は私の話を黙って熱心に聞いていたが、途中 でいくつか質問をした。 どれも簡潔で適切な質問だった。 それぞれに勘が鋭く、頭の回転の速い 兄弟であるようだった。 父親を相手にしたときのように簡単にはいかない。私が話し終えると、 しばらく密度の高い沈黙が続いた。 最初に口を開いたのは弟の方だった。
「僕が思うに、M**はおそらくその街に自ら行くことを望んだのでしょう。 お話をうかがって いて、そういう気がしました。 あの子は何かひとつに焦点を定めれば、普通では考えられないほ ど強烈な集中力を発揮します。 そして彼はそのあなたの街のありように強く心を惹かれていた」 再び沈黙が降りた。どこという行き場を持たない重く淀んだ沈黙だった。 私は弟に向かって慎 重に言葉を選んで言った。
「でもそれは、なんといっても私の頭の中でこしらえられた架空の街です。 現実には存在しませ
"
553 第二部