Created on October 11, 2023 by vansw
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忌に触れる可能性を意味するかもしれません」
私は言った。「M**くんは、普通の人に比べて、スピリチュアルな領域により近いところに
いるということですか」
「ええ、ひょっとしてそういう考え方もできるんじゃないかと僕は思うのです」と弟は言った。
「その意味では、父の言う「神隠し』というのもあながち的外れではないかもしれない。もちろ ん、実際にそういうことがあるかどうかは別にしてですが」
兄はちらりと弟を見たが、とくに意見は述べなかった。その問題に関しては、兄弟の考え方に 少なからず相違があるように見えた。
兄は言った。「そういう話は仮説としては興味深くはありますが、ここではとりあえずもう少 し実際的になる必要があると思います」
現役の弁護士という立場からすればそのとおりだろう。たとえば法廷で「神隠し」みたいな見 解を持ち出すわけにはいかない。そんなことを論理立てて証明するのは不可能なのだから。
彼は続けた。「私たちはどのようなことでもいいから、具体的な手がかりを求めています。こ のどうにも説明のつかない弟の失踪事件の謎を解き明かしてくれる、何らかの示唆を。 おそらく 時間が経過すればするほど、 捜索は困難になっていくはずです。 そんなわけで、あなたにお話を うかがえればと思ったのです。 お忙しいところをこのように勝手に押しかけて、ご迷惑だとは思 うのですが」
「時間ならいくらでも差し上げられます。 もしお役に立てるものなら、 どんなことでも喜んで協 力します」 と私は言った。
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