Created on October 11, 2023 by vansw
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おろせつしつ
その青年が差し出した名刺には、勤め先の弁護士事務所の住所が印刷されていた。 三人の弁護 士の名前を並べた名称を持つ事務所だ。「平尾・田久保・柳原法律事務所」。 でもその中には彼 の名前は含まれていない。
でっち
「弁護士とはいっても、まだほんの下っ端です。見習いというか、 使い走り、 丁稚のようなもの です」、青年はまっすぐ私の目を見ながらにこやかにそう説明した。それは日頃から口にし慣れ ている言い回しに聞こえた。だから私の耳にはとくに謙遜のようには聞こえなかった。
私はその青年と、もう一人のより若い青年に応接室の椅子を勧めた。 彼らはそこにとても密や かに腰を下ろした。 まるで椅子の強度を信用していないみたいに。
「隣にいるのは弟です」と青年はもう一人を紹介した。 「東京の大学で医学を学んでいます。 そ ろそろ実習が始まって忙しいところなのですが」
部
「よろしくお願いします」と弟は丁寧に深く頭を下げて言った。 とても躾がいい。
第
兄はどちらかといえば小柄で、弟はどちらかといえばがっしりした体格だった。 しかし顔立ち
はよく似ている。 一目見て兄弟だと推察できる (二人は特徴的な耳のかたちを父親から受け継い
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