Created on October 11, 2023 by vansw
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た男の人は何人かいたけれど、そこまではいかなかった。 というか、何度か試みはしたけれどう まくいかなかったの。つまり、あまりにも苦痛が大きくて。でも結婚して落ち着けば、そういう のもたぶんうまくいくのだろうと楽観していた。だんだん慣れていくのだろうと。 でも残念なが 結婚したあとも、事情はあまり変わらなかった。 夫の要求に従って、そういう夫婦の交わりを 定期的に持ちはした。 まあ、いろんな工夫をしてね。 しかしそれは私に苦痛しかもたらさなかっ た。そしてやがてはそういう行為をおおむね拒否するようになった。言うまでもないことだけど、 それも私たちが離婚するひとつの要因になった」
「何かその原因になるようなことは思いつく?」
「いいえ、とくに思い当たることはない。まだ小さな頃に、ショッキングな体験をして、 それが 精神的な重しになっているとか、そういうことでもないの。そんな経験はなかったから。 同性愛 の傾向もないと思うし、性的なものごとにとくに偏見を持っているわけでもない。 ごく普通の家 庭で、 ごく普通に育ってきた、ごく当たり前の女の子よ。 両親の仲はよかったし、親しい友だち もいたし、学校の成績も悪くなかった。月並みと言っていいくらい、どこまでも普通の人生だっ た。ただセックスという行為ができないというだけ。 そこだけが普通じゃないの」
私は肯いた。彼女はグラスを持ち上げてウィスキーを小さく一口飲んだ。
私は尋ねた。「その問題について、これまで専門家に相談をしたことはある?」
「ええ、札幌にいたころ、夫に請われて二度ばかり心療内科で面談を受けたことがある。 一度は 夫婦で一緒に。もう一度は私一人だけで。でも役には立たなかった。 というか、効果はなかった。 それに他人に向かって、そういう込み入ったプライベートな話をするのは、正直なところ苦痛だ
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