Created on October 11, 2023 by vansw
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「具体的に言って・・・・・・、 そうだな。今日の昼間、ベッドのシーツを取り替えていて、その皺を手 で伸ばしながら思ったんだ。 ひょっとしたら今夜、君がここに横になるかもしれないなって。 あ くまでひょっとしたらという可能性に過ぎなかったけれど、それはなかなか素敵な可能性だっ
た」
彼女は手の中でウィスキーのグラスをくるくると回していた。そして言った。
「そう言ってもらえるのは、けっこう嬉しいかもしれない」
「こちらの方こそ、嬉しいと言ってもらえて、けっこう嬉しいかもしれない。ただ、いか...... と話が続いていきそうな気がなぜかするんだけど」
「しかし......」と彼女は言った。そして時間をかけて言葉を選んだ。 「しかし残念なことに、 そ のあなたの抱く期待に、 あるいはそこに存在する可能性に、私は応えられそうにないの。応えら れれば、とは思うんだけど」
「ほかに誰か好きな人がいる?」
彼女は強く首を振った。「いいえ、そんな相手はいない。そういうことじゃないの」
私は黙って彼女の話の続きを待った。 彼女はまだ手の中でグラスをゆっくりと回転させていた。 「問題はセックスの行為そのものにあるの」と彼女は軽くため息をついてから、諦めたように言 った。「簡単に言うと私はセックスというものにうまく臨むことができないの。 したいと思った ことはないし、実際にうまくできない」
「結婚していたときも?」
彼女は肯いた。 「実を言うと結婚するまで、私はセックスをしたことがなかったの。つきあっ
541 第二部