Created on October 11, 2023 by vansw
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彼女は山の端に上ったばかりの月のような、淡い微笑みを口の脇に浮かべた。そして額にかか った前髪を指で払った。きれいな形をした細長い指だった。
「そう言われれば確かにそうね。うん、なんとかがんばって話してみることにする。 あなたはそ れを聞いてがっかりするかもしれない。 それともぜんぜんがっかりしなくて、私は恥ずかしい思 いをして、あとに一人で取り残されることになるかもしれない」
あとに一人で取り残される?
でもそれについて私はとくに意見を述べなかった。 彼女が結局はその話を始めるであろうこと がわかっていたから。
「こんなことこれまで誰にも話したことがないの」
天井の隅で、エアコンディショナーのサーモスタットが思いのほか大きな音を立てた。私はや はり黙っていた。
彼女は言った。「率直な質問をしていいかしら?」
「もちろん」
「あなたは私に対して、なんていうか、異性としての関心みたいなものを抱いている?」
私は肯いた。「うん、そうだね。 そう言われれば、確かに抱いていると思う」
「そしてそこには性的な要素も含まれている」
「多かれ少なかれ」
彼女は少しだけ眉を寄せた。 「多かれ少なかれ、というのは、具体的に言ってどれくらいのこ
となのかしら? もしよかったら教えてもらいたいんだけど」
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