Created on October 11, 2023 by vansw
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コーヒーショップのドアを押して中に入ったとき、店内には二人の客がいた。 子供を小学校か 幼稚園まで送り出したあと、腰を据えて話し込んでいるらしい、 三十代半ばくらいの女性たちだ った。彼女たちは窓際の小さなテーブルをはさんで座り、 真剣な面持ちでひそひそと言葉を交わ していた。
カウンターの席に座って、いつものようにブラック・コーヒーをマグで注文し、 ブルーベリ ・マフィンをひとつ食べた。 マフィンはまだ微かに温かく、しっとりと柔らかかった。そのよ うにしてコーヒーは私の血となり、マフィンは私の肉となった。なにより貴重な栄養源だ。
彼女がカウンターの中で要領よく立ち働いている姿を眺めているのは、なかなか素敵だった。 いつものように髪を後ろでぴったりと束ね、赤いギンガムチェックのエプロンをつけていた。 「それでその兄弟たちは、まだ駅前で少年の写真を配っているのかな?」
「ええ、そうね、たぶんそうだと思う」と彼女は食器を洗いながら言った。
「でも今のところ、手がかりみたいなものは、まだ得られていないんだね」
「少年の姿を見かけた人は見つかっていない。話を聞くと、ずいぶん不思議な消え方をしたみた
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