Created on August 29, 2023 by vansw
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今日はこうしてなんとか、 万年筆を手に持って文章を書くことができます。 なぜかはわから ないけれど、まるで割れた厚い雲のすきまから、 太陽の明るい光線がさっと差したみたいに、 文章が書けちゃうのです。 この今、とてもとても久しぶりに・・・・・・。 不思議ですね。 これって奇 跡の切れ端みたいなものかもしれない。だからその切れ端が捕まえられるあいだに、とにかく 急いでこの手紙を書いてしまいますね。そう、時間との競争みたいなものです (沈没しかけた 船の通信室から必死に最後の通信文を送っている、 せっぱ詰まった電信技師の姿を思い描いて ください)。
そんなわけで文章はけっこうあらっぽくなるかもしれません。 うまく意味が通じないところ もあるかもしれない。でもとにかくいっきかせいに(漢字がわからない) 頭にあることを書い てしまいます。 この次にいつ手紙が書けるか、見当がつかないから。 明日になれば(あるいは あと十分後には)またもや一行の文章も書けなくなっているかもしれない。 すべての言葉がわ たしの意図しているのとは違う方向に勝手にちらばっていってしまうかもしれない。 角をひと つ曲がったら世界がもう消え失せているかもしれない。
さて、わたしとはなにか?
それがとても大きな問題になります。
これは前にも言ったと思うけど、 ここにいるわたしは、 本物のわたしの身代わりに過ぎませ ん。 本物のわたしの影のような存在に過ぎません――というか、実際に 「影」なのです。 そし て本体から離された影は、それほど長く生きることはできません。 わたしはここまで生きなが
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