Created on October 11, 2023 by vansw
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それがコーヒーショップの女店主であることに思い当たった。
「おはよう」と私は言った。 喉の奥から言葉を絞り出すみたいに。
「大丈夫? いつもと少し声の感じが違っているみたいだけど」
私は軽く咳払いをした。 「大丈夫だよ。 ただ、なんだかうまく言葉が出てこなかったんだ」 「それって、たぶん一人暮らしが長かったせいよ。 しばらく誰ともしゃべらないでいると、 言葉 がときどきうまく出てこなくなっちゃうのよ。何かが喉につっかえたみたいに」
「君にもそういうことがある?」
「ええ、そうね、たまにね。私はまだ一人暮らしの初心者だけど」
短い沈黙があった。 それから彼女が言った。
「今日の朝、見かけの良い二人の若い男性がお店にやって来た。 コーヒーを飲みに」 「ヘミングウェイの短編小説の出だしみたいだ」 と私は言った。彼女はくすくす笑った。
「それほどハードボイルドな話でもないんだけど」と彼女は言った。 「その二人は正確に言えば、 コーヒーを飲むために私の店にやって来たわけじゃなかった。 私と言葉を交わすことが目的だっ た。コーヒーを注文したのはそのついでみたいだった」
「君と言葉を交わしたかった」と私は言った。「そこには、なんていうか、異性としての関心み たいなものは含まれているのかな?」
「いいえ、それはたぶんないと思う。残念ながら、というか。 いずれにせよ、まあ、その二人は 私には少しばかり若すぎたと思う」
「いくつくらいだったんだろう、その二人は?」
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