Created on October 11, 2023 by vansw

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れるのだろうか? そう思うと、私は淡い哀しみを覚えた。 その哀しみは温度を持たない無色の


水のように、私の心をひっそり浸していった。


月曜日の朝遅い時間に自宅に電話がかかってきた。その日は休館日だったから、私はまだベッ ドに横になっていた。 何時間も前から目は覚めていたが、 起き上がる気にどうしてもなれなかっ たのだ。 カーテンの隙間から明るい日差しが、まるで私の怠慢を責めるかのように、細長い一本 の線となって部屋に差し込んでいた。


自宅の電話のベルが鳴ることはまずない。 この町には私に電話をかけてくるような相手はほぼ 存在しないからだ。 休日の朝の部屋に響くそのベルの音は、ひどく現実離れしたものに感じられ た。だから私は受話器をとるために身を起こしたりはしなかった。どこまでも即物的なベルの音 にただじっと耳を澄ませていた。 十二回ほど鳴ってから、ようやくベルは諦めたように鳴り止ん だ。


しかし一分ばかり間を置いて、ベルは再び鳴り出した。 ベルの音は前回より少しばかり大きく、 鋭くなったように私には感じられた 十回ほど鳴らしてお おそらくは気のせいなのだろうが。 いてから、今度は私の方が諦めて起き上がり、ベッドを出て受話器を取った。


「もしもし」と女が言った。


それが誰の声なのか、初めのうちはわからなかった。それほど若くもなく、それほど年取って もいない女性の声だ。 高くもなく、低くもない。聞き覚えは確かにあるのだが、その声とその声 の持ち主の実体が結びつかなかった。しかしほどなく、頭の中でもつれた記憶がなんとか繋がり、


525 第二部